金
10
8月
2007
宝塚歌劇から想像出来る世界 [2]
2007年8月10日
NPO法人グリーンヘルプジャパン
代表理事 近藤和子
「宝塚の観劇は、心や思考のバリアを取り除き、生きる力が湧く、心の癒し。」
宝塚歌劇を各組次々と観劇していると全員参加型の生徒さんの熱心な演技にいつも感動させられます。
観客も参加しているような満足感を得るのも宝塚歌劇が持っている世界であるように思います。台詞や歌詞の内容にも感動し酔いしれることも多々ありますが、又、脚本家や演出家の先生方の思いが通じたような気持ちになるのも宝塚観劇の面白さの一つのように思っております。
そして、こんな気持ちを思い巡らせながら観劇していると人それぞれの思いの世界が作られ、いつの間にか自分の心が豊かになっているのを実感できます。
今、政府は芸術の振興のために予算を付けており、このことは、ミュージカル観劇を通し心の癒しが求められることが認知されたからだと思います。感性が目 覚めているこの時代、若者の間にもアーティスト志望が増えています。感性が目覚めるということは、言い換えれば、敏感になり、五感が鋭くなり、第六感と言 われる眼に見えない世界の信号を認識する能力が活性するという事もできます。
そうなると、今まで物質を基本としてきた思考から、心の動き、体の感性が受ける感覚が先行する思考へと変化すると考えられます。コンピューターのバー ジョンを上げるという言葉がありますが、時代が変化している現在人の頭脳のバージョンを何らかの手段で上げる必要が出てきているようです。国が定める17 分野のNPO活動の第4項目に、学術・芸術・文化・スポーツの振興を図る活動。というのがあります。感性の許容量を大きくしないと、感情や思考のエネル ギーが頭の中に溜まり、負荷要素となり、その結果、行き場を見失った心の病気とされるうつ病という世界を引き起こすような気がしております。単にストレス をなくして楽をする事を考えるより、脳は刺激するほど活性すると言われています。私の場合はストレスも刺激の一つと捉え、喜怒哀楽という人間の感情も包み 隠さず、表現するように努めています。一見、言いたい放題で感情コントロールに欠けているように見られますが、感情や言葉表現にも脳を使うことになるので 我慢をしているより、豊かな感性になれるという、基本的な考え方を持っています。しかし、日常生活の中では、何もかも自分の思い通りには行かないのが現実 です。こんな時、宝塚歌劇を観劇しながら、いろいろな世界を知り、いろいろな立場の人に出会うことで、自分自身の脳のバージョンを上げる事が出来ているよ うです。私は時代の流れの気を先取りしたり、過去の時代の気の世界を研究したりしていますので、観劇を通じてこうした世界までが想像出来たとき、とても豊 かな気分になることができます。芸術全体メッセージ性が強くなっているのは感じますが、宝塚歌劇の場合はきれいにさらりと表現している余裕の空間の中に自 分を置くことが出来ることが私は好きなのです。
特に宝塚歌劇は系統立てて、こうした世界を表現している部分があるように思います。舞台装置の中からもこうした世界を感じ取れることも楽しみの一つで す。 失敗が許されない舞台、同じものを何度見ても、緊張感はあります。上手く出来たときの、生徒さんと共に喜ぶ満足感は子育てを終えた手狭な心を満たし てくれます。調子が悪い時などは気になって仕方がありません。この点は皆さん共通しており、その事でも話題が絶えません。
宝塚大劇場での観劇は、演技の成長を期待し、楽しむという醍醐味もあり、又東京公演に送り出すという使命感のようなものがNPOで宝塚歌劇を支援する会 のカラーに成りつつあるのも楽しい傾向です。生徒さんからは、好きだから・未来の自分を夢見て頑張る・常に努力というような気のエネルギーを感じます。何 時もそのパワーをいただいているような気がして私もだんだん拘りがなくなり、若返っているような気がしています。
今年に入り、月・花・星・雪・宙組と公演が続いていますが、私は年頭に月組の公演から、仏教用語ですが、地・水・火・風・空という世界を見つけようと決め、目標を立てて観劇している事は以前に書かさせて頂いておりますが、その内容をお知らせするのが遅れています。
月組までで止まっていますが、今、宝塚大劇場では宙組が終わりました。
花組=『明智小五郎の事件簿―黒蜥蜴(トカゲ)』・江戸川乱歩作「黒蜥蜴」より脚本・演出/木村信司・ショーTUXEDOJAZZ(タキシード ジャズ)』作・演出/荻田浩一
◎ベテランスターのトップの春野寿美礼さんにとって今回の公演は今までになく、役作りに苦労されたと聞きました。だんだんと仕上がって行く流れの中で、悪 の強さが身についていく桜乃 彩音さんの努力には感心しました。涙して歌う春野さんの熱演、その中で観客の笑いを誘うサービス、組全体のまとまった、熱いエネルギーに身も心も引き込ま れる公演でした。この公演を水の流れに例えたのは、この作品の中から、古代史の時代からの時の流れを感じ、新しい時代に向かう姿勢のようなメッセージを演 技から、舞台装置からも感じたからでした。舞台装置の中に大きな屏風が出てきますがその屏風の絵は1本のつばき、その裏には森の木が描かれていました。そ の屏風を見ていると縄文の時代から未来までの時の流れを感じました。最初はつばきの絵では咲いている花・落ちている花・大きな樹・枝ぶりなどが気になりま した。森の絵ではただの背景としか思いませんでしたが、ある時この2つの絵に存在する共通点のようなものを感じました。それは、葉と根の営みが育てている という。目先だけから判断している自分の部分を思い出しながら、舞台には多くの人が出ておられますが、全員を見れていない自分を反省したり、その時から全 体のコーラスに対する感覚が変わりました。こうして書くとキリがありませんが、まずいなと思った事は舞台に人がいないのにオペラグラスで描いてある絵を見 て、生徒さんを見たら不思議そうな視線を感じたときでした。それからは、タイミングを見ながら見るようにしていますので結構忙しく、頭の体操が出来ていま す。
更に、明智探偵をスサノオ・黒蜥蜴をアマテラスと置き換え、話をすべて逆から見たとき、見えてくるような気がしました。この公演のリズムに合わせて自分 自身の過去を静かに振り返りながら観劇していると、自分の力で生きる勇気が湧いたような気がしました。
タキシード ジャズでの魂に響くほどの声量と音色の春野さんの声に観客までが巻き込まれ、ジャズの芯に触れた様な気がしました。
真飛 聖・壮 一帆・愛音 羽麗さん達のシーンのジャズは人柄も表れた楽しい時でした。
「ちょっとだけ身だしなみに気をつけ自分らしく生きればいい」という歌詞には同感です。

